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東京地方裁判所 昭和34年(ワ)2846号 判決

原告 後藤英三

被告 金子良 外二名

主文

原告の被告等に対する各請求は何れもこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「(一)被告金子良は別紙目録記載の建物について東京法務局芝出張所昭和三十三年三月二十九日受付第三六三三号の賃借権設定登記の抹消登記手続をせよ。(二)被告金子良は原告に対し別紙目録記載の建物を明渡し且つ昭和三十四年三月二十一日より右明渡ずみに至るまで一ケ月五万円の割合による金員を支払え。(三)被告新興電機工業株式会社は原告に対し別紙目録記載の建物中の三階西側の一室及二階西側の一室を除いた部分を明渡せ。(四)被告共和精器株式会社は原告に対し別紙目録記載の建物中の西側の一室の部分を明渡せ。(五)訴訟費用は被告等の連滞負担とする」との判決と右第二、第三及び第四項について仮執行の宣言とを求め、請求原因として、

「(一)訴外東新電機株式会社は、その所有に係る別紙目録記載の建物(以下本件建物と略称する)を昭和三十三年三月一日から被告金子良に対し賃料一ケ月金五万円、期間は契約成立の日から満三ケ年の約定で賃貸し、右同日東京法務局芝出張所受付第三六三三号の賃借権設定登記を経た。その後被告金子良は本件建物を占有していたところ、同年四月頃に被告新興電機工業株式会社に対し本件建物のうち三階の西側の一室及び二階の西側の一室を除いた残余の部分を転貸し、又被告共和精器株式会社に対し本件建物のうち三階の西側の一室を賃料一ケ月金三万二千円の約定で転貸し、被告両会社は現在その各転借した部分を占有している。

(二)、ところが、訴外東新電機株式会社は訴外日本舶用電機株式会社外二社の申立により昭和三十四年一月二十一日東京地方裁判所において破産の宣告を受け原告は同日右破産会社の破産管財人に選任された。

(三)、そこで原告は右破産会社の破産管財人として本件建物を適正なる価格をもつて換価し、その売得金を総破産債権者に配当すべき任務を有するので破産法第五十九条第一項前段の規定に基き、前記賃貸借契約を解除することを選択し、昭和三十四年三月十九日付内容証明郵便をもつて被告金子良に対し、賃貸借契約解除の意思表示をなし、右は同月二十日同被告に到達したから同日をもつて右契約は解除せられたものである。よつて原告は被告金子良に対し本件建物について、請求の趣旨記載の賃借権設定登記の抹消登記手続並にその明渡し及び昭和三十四年三月三十一日から右明渡済に至るまで賃料相当額一ケ月金五万円の割合による損害金の支払を求めるわけである。

(四)、次に訴外東新電機株式会社と被告金子良との本件建物賃貸借契約が解除されたるにより、本件家屋の占有者である被告新興電機工業株式会社、同共和精器株式会社はその占有の権原を失つたので原告は昭和三十四年三月十九日付内容証明郵便をもつて夫々被告両会社に対し前記賃貸借契約が解除されたこと従つて速かに右各占有部分を原告に明渡すべき旨の通知をなし右は同月二十日いづれも各被告会社に到達した。よつて原告は被告新興電機工業株式会社、同共和精器株式会社に対し請求の趣旨記載の各占有部分の明渡を求める次第である。被告等の抗弁は否認する。」と述べた。

被告等訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、

「原告主張の事実中(一)(二)の事実、(三)(四)の通知のあつたことは認めるが其余の事実は否認する。賃貸人が破産の宣告を受けた場合には破産法第五十九条の適用なく、破産管財人たる原告は本件賃貸借契約を解除することはできない」と述べ、抗弁として、

「仮に破産法第五十九条が原告主張のように賃貸人破産の場合に適用あるものとしても、本件建物には別除権を有する債権者多数存在し(債権総額約金千四百万円)、被告等が本件建物を明渡し空屋として換価するも、その売得金は総別除権者に対する弁済に不足するのみならず、原告が、破産管財人として本件建物を総債権者のために換価するにはかならずしも本件賃貸借を解除する必要はなく、また被告金子良並に被告新興電機株式会社は原告に対して本件建物を換価するのであれば、適正価格で買取りたい旨を夫々申入れているのであつて、本件賃貸借が解除されることによつて被告等のうける損害の甚大なるを考慮すれば、かゝる場合に解除の意思表示をなすことは権利の濫用であつて無効である」と述べた。

証拠として、原告訴訟代理人は甲第一号証、第二号証の一、二、第三号証の一、二、第四号証の一、二、第五号証の一、二、三、第六号証の一、二、第七号証の一、二、第八号証を提出し

被告等訴訟代理人は被告新興電機工業株式会社代表者本人尋問の結果を援用し、甲第六号証の二の成立は不知、その余の甲号各証の成立は認めると述べた。

理由

一、訴外東新電機株式会社が訴外日本舶用電機株式会社外二名の申立により昭和三十四年一月二十一日東京地方裁判所において破産の宣告を受け同時に原告がその破産管財人に選任されたこと、本件建物が右破産会社の所有に係るものであつて被告金子良と右破産会社との間に昭和三十三年三月一日原告主張のような賃貸借契約が成立し、同日その登記手続を了したこと、被告新興電機株式会社、同共和精器株式会社がそれぞれ本件建物の原告主張部分を被告金子から転借して占有していること及び原告が被告等に対し内容証明郵便をもつてそれぞれ原告主張のような意思表示をなし、右はいづれも原告主張の日被告等に到達したことは当事者間に争のない事実である。

二、そこで先づ原告の被告金子良に対する主張につき判断するに、賃貸人が破産の宣告を受けた場合にその宣告前に締結された賃貸借契約につき破産法第五十九条の適用があるか否かについては学説のわかれるところであるが、これを消極に解するを相当とする、けだし、もし賃貸人が破産の宣告を受けた場合に破産法第五十九条の適用があり、破産管財人が解除を選択できるとすると、賃貸借関係は解除の結果将来に向つて即時にその存在を失うこととなり、借家人としては賃貸人の破産により猶予なく家屋の明渡をせまられ、即時に居住権を失うこととなるのであつて、かくては賃借人自身が破産したる場合に比し、却つてより不利益な立場におかれる結果を生じ(賃借人の破産の場合については、民法第六百二十一条により法定の告知期間にかぎつて解約の申入を受ける。)、それでは借家法などに現れている賃借人保護の立法傾向に全く背馳する結果となるからである。このことあるが故にむしろ民法が賃借人破産の場合については規定し、之を告知の事由としながら、賃貸人破産の場合については何らの定めをしていないこと自体が一つの特別規定をなすのであり、したがつて破産法第五十九条の規定は原則的規定ではあるが賃貸人破産の場合には全く排除されていると解するのが正当である。尤も右の如く解すれば破産債権者の保護が十分でないとの主張もあるが元来破産者が破産宣告の時に於て有する一切の財産はこれを破産財団とするものであるから本件の破産財団は本件家屋を本件賃借権を負担する状態において所有するものと言はなければならない。然るに、原告が今右賃借権を解除して負担なき状態で之を換価できるとすれば、右破産財団は破産宣告の時において有する以上にその財団の範囲を拡張することになり破産債権者は不当に利得することになるから此点から考えても右の主張は採用できない。要するに賃貸人が破産宣告を受けても賃貸借関係の運命自体には何らの影響なく賃借人はその賃料を破産財団に対して支払うをもつて足る。破産法第六十三条の規定もこの場合に賃貸人と賃借人とが通謀し、破産財団に対し損失を蒙らせることあるを考慮してのものに外ならぬと考える。

はたしてしからば訴外東新電機株式会社と被告金子良との前掲賃貸借契約は適法に解除せられたるものというを得ず、したがつて被告金子良は原告に対し本件建物を明渡すべき義務を有せざるものというべきである。したがつてまた、被告金子良と訴外破産会社との間の本件賃貸借が適法に解除せられることを前提としてなされたる原告の被告両会社に対する本訴各請求はいづれも理由がない。

よつて原告の本訴各請求はいづれも失当としてこれを排斥すべく訴訟費用の負担につき民訴法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 池野仁二)

別紙

目録

東京都港区芝新橋五丁目三番地ノ一一

家屋番号 同町三番ノ三一

一、鉄筋コンクリート造陸屋根三階建

工場、倉庫、事務所、居宅 一棟

建坪  三十五坪七合六勺

中二階 三坪

二階  三十九坪五勺

三階  三十五坪六合九勺

屋階  一坪一合六勺

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